2024年3月、岸田首相は建設業界に対し「技能労働者の5%以上の賃上げ」を要請しました。その後、業界での賃上げの動向が気になっている建設関連企業の責任者も多いのではないでしょうか。
そこで本記事では、建設業における2024年3月以降の賃上げ状況について、国道交通省発表の資料に基づいてわかりやすくお伝えします。
加えて、建設業にいま賃上げが求められている背景や、賃上げ対応をすることで企業にとってどのようなメリットがあるのかについて解説し、賃上げ対応に使用可能な助成金・補助金情報も紹介します。
1.建設業の賃上げにまつわる動向
まずは、建設業の賃上げにまつわる最新動向を見ていきましょう。
①2024年3月に岸田首相は建設業界へ「5%以上の賃上げ」を要請
2024年3月、岸田首相は建設業界のトップとの意見交換において、業界として5%を上回る賃上げを進めるよう協力を要請しました。
建設業界では多くの技能者が中小零細企業で下請として働いており、エッセンシャルワーカーではあるものの、低賃金で「きつい・汚い・危険」を表す「3K」と呼ばれる仕事に取り組んでいます。そのような状況を受けて岸田首相は、今後の建設業のあり方について「給与がよく・休暇がとれ・希望が持てる」を表す「新3K」へ変えていかなければならない、という主旨を述べました。
②2024年3月より公共工事設計労務単価は5.9%の引き上げ
「5%以上の賃上げ」と併せて、公共工事の賃金基準である「労務単価」も全国平均で5.9%引き上げられました。
なお下図で見られるとおり、公共工事設計労務単価の全国平均は、12年連続で上昇しており、2024年の労務単価は過去最高となっています。

③大手ゼネコンの初任給の賃上げ
大手ゼネコンは、政府が要請する以上の賃上げを行っています。初任給の賃上げ率は「約6〜9%」で、それぞれの賃上げ率と大卒の初任給は次表のとおりです。
大手ゼネコンの賃上げ率・初任給 | ||
---|---|---|
大林組 | +約7% | 28万円 |
竹中工務店 | +約7% | 28万円 |
鹿島 | +約9% | 28万円 |
大成建設 | +約6% | 28万円 |
清水建設 | +約6% | 28万円 |
※2024年7月執筆時点
また、2024年4月に公表された帝国データバンクの賃上げ実績と、初任給の実態アンケート結果によると、建設業界全体では79.5%と、約8割の企業が賃上げを実施していることが明らかになっています。据え置きは14.4%、賃下げは0.7%でした。
業界全体で8割近くの企業が賃上げに取り組んでいるものの、5%以上の賃上げ率を実施したのは26.5%という結果となっています。
参考:<緊急調査>2024 年度賃上げ実績と初任給の実態アンケート|帝国データバンク2.建設業で賃上げが必要な理由
賃上げはさまざまな業界で起こっており、建設業でも取り組みが進められつつあります。ここでは、建設業で賃上げが求められる理由を紹介します。
①物価上昇に対し賃上げが追いついていない
賃上げは徐々に始まっているものの、昨今の急激な物価上昇に対して賃金上昇が追いついていないため、賃上げの取り組みを強化する必要があります。
しかし現在は、給与の金額を表す「名目賃金」が上がっている一方で、物価変動を考慮した「実質賃金」は下がっているという状況です。賃上げによって名目賃金が増加しても、物価上昇がその増加率を上回る場合、購買力や実質賃金が低下して生活は苦しくなると考えられます。
そのため、さらなる賃上げが求められているといえます。
②時間外労働の上限規制で給与減の可能性がある
働き方改革関連法の改正に伴い、2024年4月から時間外労働の上限規制が始まっています。
時間外労働の上限規制とは、特別な理由があって労使で合意を結んでいる場合でも、法定残業時間を超えて従業員を働かせてはならない、ということです。
時間外労働の上限は、原則として「月45時間・年360時間」と定められていて、上限規制を守らなければ企業に対して罰則が科されます。
この法改正のもと、残業時間が減る事態に伴い「残業代が少なくなり、年収が下がるのではないか」という懸念も生じています。従業員の働くモチベーションが低下する恐れがあるため、基本給のベースアップが必要だといえます。
【社労士監修】建設業も2024年から!時間外労働の残業規制と対策③総合評価落札方式で賃上げに加点措置
2022年4月以降に契約する、総合評価落札方式において、賃上げを行う企業が優先されています。
総合評価落札方式とは、国・地方公共団体が工事を発注する際に行われる、契約の相手方を決定するための方式です。「価格」以外にも、企業の能力も問われます。
そのなかで、「従業員への賃金引き上げ計画の表明書」を提出することで、加点評価されるようになっています。
④他社や他業界への人材流出防止
十分な賃上げを行わなければ、平均年収の高い他社・他業界へ人材が流出してしまう恐れがあります。たとえば施工管理や現場監督が、技術系公務員や都市再生機構、ビルメンテナンスなどへ転職してしまう可能性もあると考えられます。
既存の戦力となっている人材が流出してしまうと、人手不足で仕事が回らなくなってしまう恐れがあります。
3.建設業が賃上げを実現するための取り組み

それでは建設業が賃上げを実現するために、具体的にどのような施策に取り組むとよいのでしょうか。ここでは3つの取り組みをご紹介します。
①デジタル化による業務効率化
業務のデジタル化を進め、業務効率化に取り組みましょう。
業務効率化によって残業時間を削減でき、これまでは複数人必要だった作業が1人でできるようになります。生産性が向上し、企業の利益が拡大すると賃上げ実施につながる可能性があります。
デジタル化・業務効率化の第一歩として、建設業の情報共有に特化した「施工管理アプリ」を導入してみるのもおすすめです。
施工管理アプリとは、業務に必要な書類、図面、写真、データなどをクラウド上で一元管理できるITツールのことです。インターネット接続環境があれば、必要な資料に場所を問わず迅速にアクセスでき、関係者間での情報共有がスムーズかつ効率的になります。「紙の資料を事務所のキャビネットから探す手間がなくなる」「予定確認のために事務所と現場を往復する必要がなくなる」など、小さな無駄がどんどん省かれていくと期待できます。
無料版あり|建設現場で活躍する代表的な施工管理アプリ7選を徹底比較②建設キャリアアップシステムの導入
「建設キャリアアップシステム(CCUS)」を導入するのも対策の1つです。
建設キャリアアップシステム(CCUS)とは、建設業団体と国土交通省が官民一体で推進している新たな制度で、技能者の保有技術を可視化し、キャリア向上を後押しするための仕組みです。
CCUSを活用して技能者の資格やスキル、実績をもとに正確に評価することで、適正な処遇につなげられます。国土交通省はCCUSのレベル別年収を以下のように試算しています。
レベル1 | レベル2 | レベル3 | レベル4 |
---|---|---|---|
3,740,000 ~ 5,010,000円 | 5,690,000円 | 6,280,000円 | 7,070,000 ~ 8,770,000円 |
技能者の能力が客観的に可視化されることで、ベースアップや能力評価を反映した手当支給などを実施しやすくなるでしょう。
建設キャリアアップシステムとは?メリット・デメリットなどを紹介③適正な金額での受発注
適正な金額で工事の受発注を行いましょう。
政府は、労働者の処遇を改善するために、建設業法を一部改正する方向で議論を重ねてきました。具体的には、著しく低い労務費による見積もりや、見積もり依頼を禁止。違反した発注者には勧告や企業名の公表を実施するといった案が盛り込まれ、2024年3月8日に閣議決定が行われました。さらに、原価割れ契約の禁止を、受注者に対しても導入することとなりました。
この法改正により、下請事業者まで適正な労務費が行き渡る状況を確立し、下請へのしわ寄せを防止して、賃金原資の確保を図ることを目指しています。
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4.建設業が利用できる助成金・補助金
建設関連の中小企業のなかには、「賃上げを実施したくても、経営が圧迫されてしまう」「ベースアップは難しいので、現状は手当を増やして対応しているだけ」といった悩みを抱えている経営者もいるのではないでしょうか。
そこで、賃上げ対応に関連して利用できる助成金・補助金を紹介します。
※2024年7月執筆時点の情報です。①事業再構築補助金
「事業再構築補助金」とは、今後の経済の変化に対応できるよう、中小企業などの事業再構築を支援することを目的とした補助金です。
●新分野展開
●事業転換
●業種転換
●業態転換
これらのような、思い切った事業再編に取り組むことに対して補助金を提供し、そのうえで大規模な賃上げに取り組む企業に対しては、上乗せ支援があります。
対象事業者 | 中小企業で、思い切った事業再構築に取り組み、そのうえで大規模な賃上げに取り組もうとする事業者 |
補助上限額 | 3,000万円 |
補助率 | 中小企業:2分の1 中堅企業:3分の1 |
※今後の最新情報は、公式サイトを確認してください。
②IT導入補助金
「IT導入補助金」とは、さまざまな経営課題を解決するために、ITツールを導入しようとする企業を支援するための補助金です。
直接「賃上げ分を支援」するわけではありませんが、「ITツールを導入して、業務効率化を図り、経営課題を解決したい。その結果、得られた成果を賃上げに転嫁したい」という観点で利用可能だと考えられます。
対象事業者 | 中小企業・小規模事業者で、経営課題解決のためにITツールを導入しようとする企業 |
補助上限額 | 1プロセス以上:5万円以上150万円未満 4プロセス以上:150万円以上450万円以下 |
補助率 | 中2分の1以内 |
※今後の最新情報は、公式サイトを確認してください。
③人材確保等支援助成金
「人材確保等支援助成金」とは、人材不足解消を目的とした補助金です。賃上げを実施し、離職率の低下を図ろうとする事業主に対して支援を提供しています。
賃上げを伴う人事評価制度や、賃金制度を整備し、その情報を従業員に対して開示、さらには所轄の都道府県労働局に計画を提出し、適切な制度運用を実施することで助成を受けられます。
対象事業者 | 従業員の賃金アップと生産性の向上に取り組む事業主 |
助成額 | 80万円 |
補助率 | 中2分の1以内 |
※今後の最新情報は、公式サイトを確認してください。
④ものづくり補助金
「ものづくり補助金」とは、中小企業や小規模事業者の経営力を高め、事業計画期間にわたって生産性の向上を支援するための制度です。
働き方改革や、被用者保険の適用拡大、賃上げなどに対応するため、革新的な製品・サービスの開発、生産プロセスなどの省力化を行い、生産性を向上させるための設備投資等を支援します。
対象事業者 | 中小企業・小規模事業者で、賃上げなどに対応するため、新たな製品・サービスを開発したり、生産プロセスなどの省力化に取り組もうとする企業 |
補助上限額 | 最大1億円 (※従業員数100人以上の企業がオーダーメイドで省力化を目的とした設備投資を行い、なおかつ大幅な賃上げを実施する場合) |
補助率 | 中小企業:2分の1 小規模事業者:3分の2 |
※今後の最新情報は、公式サイトを確認してください。
⑤小規模事業者持続化補助金
「小規模事業者持続化補助金」とは、各地の商工会議所の管轄地域で事業を営む小規模事業者などを対象とした補助金制度です。
小規模事業者が自社の経営を見直し、継続的な経営に向けた計画に基づいた販路開拓や、生産性向上の取り組みを支援します。
たとえば小規模な建設関連会社が賃上げを計画し、その取り組みにかかる「広報費」「Webサイト関連費」など、さまざまな経費が補助対象となります。
対象事業者 | 各地の商工会議所の管轄地域で事業を営んでいる小規模事業者など (法人、個人事業、特定非営利活動法人) |
補助上限額 | 通常枠 50万円 賃金引上げ枠・卒業枠・後継者支援枠・創業枠 200万円 ※インボイス特例対象事業者は、上記金額 50万円の上乗せあり |
補助率 | 3分の2 ※賃金引上げ枠のうち赤字事業者は4分の3 |
※今後の最新情報は、公式サイトを確認してください。
5.まとめ
本記事では、建設業における最新の賃上げ動向を紹介するとともに、賃上げが必要な理由や、具体的にどのような切り口から着手していくべきかについて解説してきました。
助成金・補助金の活用も一つの手段ですが、本記事内で紹介した「IT補助金」を申請せずとも、気軽に無料から試すことができる建設業向けのITツールもあります。
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